ロングジャーニー中

長らく更新ができなくて
年末らしさのぜんぜんないウガンダですが
年末らしく遊びまわっています。

今はローーーングジャーニー中。

任地のカムリを出て
ナイル川の源流、Jinjaタウン。

そこから
ケニアの国境の方まで行って
友達の任地のカプチョルワに!

めちゃくちゃきれいでいいところだったので写真を載せたい!
そこで、割礼の儀式に参加・・・・
衝撃。ショック。
夜通し踊って、朝、切る!・・・・これもまた書きます。

そして今、Jinjaに戻ってきています。
今日は、同期のバースデーピクニック!

明日首都のカンパラに行って
あさってから
今度はコンゴの国境付近まで
マーチソンフォールズ国立公園に隊員仲間8人と♪

それでクリスマスは任地の人のおうちに招待してもらったので
それまでにカムリに戻ります!
そんなかんじ!
失恋して落ち込んでる場合じゃなーい!
遊んでやる!
って
忙しいけど
楽しくやってます、ご心配なく!


一時帰国したい時頃

もうすぐ12月、2008年も終わりが近づいていきました。
11月は、あっという間に過ぎていきました。
たくさんのことがありすぎて、ブログを更新する気力がありませんでした。
書いておきたいことはたくさんありますが
何から書いたらいいのか!
とりあえず、自分の生き方について!!(テーマ重い?笑)
えっと。
プライドについて。
人は、みんな、少なからずプライドってあると思う。
私も、ある。
でも、17歳の時に、「プライド全部捨てたい!!」と苦しんだことがあった。
それから6年たった今、その時あったプライドを
私はかなり捨てられたと思う。
17歳の時にあったプライドって、
周りの人にどう見られているかって自分の評価とか
「普通」よりもかっこいいことして生きていきたいとか
恥ずかしい思いはしたくないとか
ダメな自分は見せたくない
そーゆうことだった。
だから、ばっちり化粧して
毎月新しいファッションに敏感になるために雑誌ばっか読んで
外見も
性格的な中身の部分も、かなり自分に嘘付いて、理想ばっかり求めて
頑張って「自分」を作ることに必死だった。
でも、アメリカに留学した1年で
そんな自分が嫌になった。
もっと、自分を持ちたい、
周りの評価じゃなくて
心の底から、素直に自分を表現して生きていきたい
って
思ったんだよね。
17歳までに作り上げてきたプライドは、けっこう大きなモノになっていたから
それを捨てるにはけっこうな勇気が必要だった。
そして今、23歳になった私は、化粧も一切せず、周りの評価や社会の目じゃなくて
自分のことを、だめなところも、いいところも、はっきり
相手に伝えて
そんな風に生きているんだ。
で、ここまでは、前置きで。
そう、だから、自分の生き方とかをどんな風に評価されてもかまわない。
だから、ここに、思うままに、もっとストレートに、自分のことを書いてみようと思うのです。
11月の始めにあった私の事件は、失恋!
失恋体験談をブログに載せるのか、自分!?
と思ったけれど、今のところの私の頭の中のかなりの割合をこの事件が占めているから、書きます。
リーバイのことを。
リーバイとは、1年8ヶ月前に2度目に乗ったピースボートの上で出会いました。
リーバイは英語の先生として参加していた地球一周の船旅に、当時沖縄に住んでいた私は沖縄から台湾まで船で先に到着して、台湾からイタリアまでの間の船旅に参加した。
背が高くって、自分で作った服を着て、
アコースティックギターを弾いていたヒッピーなリーバイのことは、すぐに好きになった。
リーバイも、私のことを好きになってくれた。
まさに、船マジック。
シンガポールの夜景も、スリランカで電車から見るカラフルな町や人も、エジプトの不思議な雰囲気も、リーバイといれば倍楽しかった。
ギリシャで初めて二人でデートして
クロアチアで信じられないくらいきれいな街を歩いて
そして
イタリアで私は下船した。
日本に戻ってきた船からリーバイが下りてきて
それから今まで、
遠距離の時間を除いたら、本当に近すぎるくらい一緒にいた。
2人で、悩んで悩んで決めた未来は、
一緒にウガンダで国際協力をして
その後は、一緒にアメリカに住む、ということ。
だから、リーバイは、ウガンダまで来てくれた。
でも、11月の始めに、別れちゃった。
こんなことになるなんて、思ってなかった。
リーバイの気持ちは少しずつ離れていってしまったけれど
うまくいくように、その気持ちを隠してきたんだって。
つまり、ふられちゃったんだよね。
原因はいろいろあって、ここに書くようなことじゃないから書かないけれど
何日も2人で話し合わないといけないくらい関係は深くて複雑になってた。
めちゃくちゃ好きだったから
かなり落ち込んで、かなりショックで、
どうしようもなくって
泣きながら日本の実家に電話しちゃった。
両親、親戚の皆様、そして世界中にいる友人の皆々様、
ご心配をおかけしました。
こんなとき、今まで見えていなかったことにたくさん気づいたりする。
今まで、リーバイとの世界にどっぷりつかりすぎてて、
自分の世界を広げていくことを忘れてたんだよね。
それは、けっこう大きくて。
だから、日本で小さい頃からの友達や、ピースボートで出会った友達や、もう何年もあっていない友達や、留学していた頃のタイ人の親友や、他の国にいる協力隊の仲間や
ほんとうにたくさんの人に、たくさんの素晴らしい言葉をもらって
励まされて
いろんなことを考えた。
私の中で、リーバイの存在は大きくなりすぎてて
別れたら、人生の半分に意味が無くなっちゃった気がしたんだ。
そこにダブルパンチで、「協力隊」としての活動が微妙、という現実。
落ちるでしょう、どん底!
この一ヶ月、失恋&活動の悩みで、全然やる気もおきず、ひとりになる気もなくて、
カンパラでけっこうな時間をすごしたりしていたんだ。
昨日、任地のカムリに戻ってきて
そしたら両親から興奮の電話。
未来の嬉しいお知らせが2つ。
それ聞いたら、年末に日本に帰りたくなっちゃった。
一時帰国したいなぁーーーーなんてね。
でもほんとに今は一時帰国にピッタリな時期すぎて。
失恋&息詰まり、そして年末の楽しそうな予定と従兄弟の赤ちゃんも産まれるし
今は遠い自分の生まれ故郷にとっても帰りたくなってしまいました。
でも大丈夫。
相変わらず暑いウガンダのことは好きだし、
友達や両親から日本食が届いたし
隊員仲間と旅行に行く約束もあるし
来年の春には、両親遊びに来る予定だし
リーバイと別れちゃったけど一緒にルワンダにいく約束もあるし(友達として、だって。)
だから、今はちょっと落ち込み気味だったけど
ゆっくり時間書けて、もう一度自分の人生立て直していく時期なのかなと思って
頑張っていきます。
あれ、話がずれた?
まあとにかく、ポジティブもネガティブも、全てが今の私なので、
だれにどんな評価をされようと、素直に正直に生きていたいと思うのです。
協力隊の矛盾は、また、書きます。


停電のはなし

停電の夜
停電が、すき。
停電の夜
街中が真っ暗になって
みんなが
ランプに灯をともして
キャンドルに灯をともして
私もそうして
オレンジのあったかいひかりが
ひとのまわりをあったかく照らす
私の空気をあったかくオレンジに染める
停電は、時間の流れを変える。
電気があるとき、時間は社会の流れの速さに合わせる。
インターネットにつないで世界の流れにのっかる
電気ポットでお湯が3分でできる
やらなければならない仕事に追われる
ラジオやテレビから世界のニュースや
遠い誰かの声が伝わる
電気がないとき、時間は社会の流れに逆らう。
することがあまり無くなる。
仕事も休憩
人々は、のんびりする。
生きる上で基本的なことが中心になる。
暗闇が、本当の夜空を見せる。
音が、透き通る。
電気がない世界を
日本にいると想像できなくなる。
電気が無くなれば、生活が出来なくなる。
ここでは、電気が無くても生活は変わらず続いていく。
水は井戸から汲む
火は炭を燃やす
夜の明かりは灯をともす
シンプルだけれど
あったかい。
こんな世界があることを
夜でも国中が明るすぎる場所にいる私だったら
想像もできない
日本にいたら
こんなアフリカの電気のない生活なんて出来っこないけれど
少なくとも
停電から学んでいることは
「先進国」に帰ってからも
生きていくことを願って
今はアフリカの時間の流れを楽しんでいようと思う。
・ ・・・・・
というのは、私の独断の話であって。
ウガンダ人からしたら
NO POWER = NO WORK = POVERTY!
だそう。
それはそうだな。
と、ちょっと反省する私・・・・
やっぱり、豊かな国の人間がこの国を語ると、きれい事になりがち。
この国の人は毎日電気があって欲しいし、
日本みたいに電化製品たくさん欲しいし、
もっとお金欲しいし、
もっともっといい暮らししたいと思ってる。
そんな風に思うのは人間の当たり前のことなんだよね
それでも今、「先進国」で
スローライフだとかそうゆうのがはやるのは、
手に入れたモノが多すぎて
失ったモノの価値をやっと気づき始める人が少しずつ増えているからなのかな。
手に入れたモノは失いたくないけれど、
失ったモノはまた手に入れたい。
なんて自分勝手な世の中なんだ!
そして、「先進国」は手に入れたけれど
それをまだ手に入れてない国に対して
スローライフ!素敵!
なんて言ってる私だって、自分勝手すぎるのね。
なんて、思ったりもするのです。


街で人と出会い人と繋がる

ウガンダ人は、人と人とのつながりを、とっても大切にする。

街を歩くだけで、たくさんの人と出会い、挨拶を交わし
握手をしたり手を振り合ったり日本はどう? とか聞かれたりする。

みんなみんな、そうやってる。

最初はね、いちいちめんどくさかったけど、だんだんとそれが楽しくなってきた。
向こうのほうからチャイナ!と呼ばれて
「せめてチャイニーズだろう!」と思いながら知らん顔して歩き去っていたこともあったけど
そうじゃなくって、私から彼らの方まで出向いていっては「日本人だよ」と訂正する。

そこから、挨拶をして、名前を言って、バーイって去る。

街を歩くだけで、マーケットに行くだけで
誰かと出会い、そこから会話が始まり、つながりができる。

だから、マーケットにトマトとアボカドを買いに行くだけなのに
なぜか結構な時間を費やしていたりする。

ルナのスタッフのミタンゴ。
彼は奥さんが3人~10人いる。(本当のことがわからない。)
フィールドに行くときは必ず彼が運転してくれる。

彼は、めちゃくちゃ声がでかくて、笑顔がなんか怪しくて
怪しいのか頭が悪いのか最初わからなかったけど実はかなりいいひとで
人とのつながりネットワークがでかすぎるツワモノ。

車を10分走らせるたびに、だれかに手を振ったり、誰かと挨拶をする為に車を停める。
「She is my wife」「He is my brother」と一体何回言われたのか・・・

でもウガンダには、「従兄弟」や「叔父」という言葉がないらしい。
従兄弟は兄で、叔父は父だとか。
それで私は、いちいち車を停めているミタンゴに最初、いらいらしてしまったんだけど
今は寛大な気持ちでそんな彼を見守っては、私も一緒になって挨拶をしまくっている。

そんな彼の従兄弟に当たる男性が、ルナのダイレクターで
彼の息子の卒業パーティに招待されて行ってみると
ものすごい人数の人が来ていた。ざっと700人!
その中で「日本人」と紹介され、喜ばれる私・・・

もうウガンダ。
誰でもウェルカムすぎて、なんだかおもしろい。

本当に、ウェルカム精神が素晴らしい。

来た頃なんて、食費があんまりいらないくらいにみんながご飯を食べさせてくれてた。
パーティーでは2回も食事が出てきたし
誰かの家におじゃますればご飯が出てくれるし
道を歩いてても、「come and eat!」って呼ばれる。

日本人がせっせと働いている間に
ウガンダ人はのんびり休憩したり、挨拶したり、だれかと井戸端会議始めたり
そんな時間を過ごしている。

そんなんだから、発展しないよなぁ
とか思うけど、へたに発展ばっかりして、文化や独自の良さを失ってしまうのは悲しいこと。
ウガンダ人はこの精神をいつまでも突き通して欲しいなと願う。
(と、言えるのは先進国と呼ばれる日本で育った私だから言えること?)

出発前に父にもらった手紙に
「君の周りにいる人を大切に!」と書かれていた。
私も、ウガンダ人を見習って、人と人とのつながりを大切にしようと思う。

と、これを書いたのは実は2ヶ月くらい前だったのですが
今更ブログに載せてみました。

私の住むカムリタウンは、だんだんと「自分の街」になってきている。
知り合いはたくさん増えた。
街を歩けば、「ナツサ!」「ナターシャ!(間違えてる。)」
と、誰かが声をかけてくれるし

最近はチャイナじゃなくて「じゃぱにーず!」って呼ばれるようになったし
(町の人に私がチャイナじゃないことを教育中。笑)
何件かあるインド人経営のスーパーマーケットの中でも、お気に入りを決めたし
行きつけのレストラン(と呼べるのか?)も何軒か出来たしね
というわけで・・・

昨日は一日たくさん写真を撮ったのでそれを載せて終わりにします!
写真は時に言葉より多くのものを語ってくれる!
まずは朝。

えんここ2

日曜日、ヘレンが(一緒の長屋に住んでるひと)
子どもの授業参観日の為にフレッシュ鶏の首を切った!
そしてまずはお湯をかけ、毛をむしり取ります。

エンココ

そして料理して子どもにところに持って行きます。

ヘレン・オクフンバ

表情がイイ!
ハリエットの赤ちゃん。

ジョナサン

どんどん大きくなってる。
いつも難しい顔をしてるけど、最近少し笑ってる。

いのろ

そしてそのお父さんの後ろ姿。

いのろじょなさんをだく

赤ちゃん抱いてます。
ランチはいつもは行かないちょっときれいなレストランに行きました。
水汲みに行ったリーバイの後ろを、子どもたちが付いてきた。

こどもたち

そして遊んであげるリーバイ。(笑)

りーばいとこども

にげろ!

夕方、大雨が30分降りました。

ヘレン・雨

そのおかげで、水をゲット!

なつさ・あめ

これはリーバイが撮った私。何しているでしょう?
蚊を捕まえようとしている私の写真です。
真剣!
そして夜は、最近はやりのインドカレーを停電の中作りましたとさ。

停電オクフンバ


マラリアだと責められた日

この間
雨が降ってきて
傘が無くて木の下で雨宿りしたけど
濡れて寒くてそれで案の定次の日に風邪ひいた。

咳が出て熱が一日出て治った。
でもその後も何日か咳が続いたのと、唇に傷が出来たのがマズった。

私、風邪ひいたり疲れたりすると、唇に何か出来て、
それが治るときに傷になることがある。

だからまたそれが出来ただけなのに朝、ヘレンに
「それはマラリアよ!!!!」
と言われ、

違うスタッフにも
「マラリアだから病院に今すぐに行った方が良い。今スグだぁぁぁああ!!!!」
と言われ。

マラリアじゃないし!
マラリアは咳とか出ないって書いてあるし!
もう熱もないし元気だし!!

って笑っちゃうくらいなのに、私の言い訳は彼らには全く通用しない。

そして、終いには、リーバイにまで「マラリアかもよ、」と本気で言われ、
私対4人で私はマラリアだと責められる羽目に。

だからしぶしぶ、まぁー彼らの為にこれは病院に行くしか道はないな。
とヘレンと一緒に病院へ。

内心、あっほらしぃ~と思いながら、指に針刺され、マラリアチェックをしてもらう。
ウガンダ人は、みんな、人生で何回もマラリアになってる。
「何回マラリアになったことある?」と聞くと、
「今年は~2回かな」とか言われる。

熱が出れば確実にマラリアだし、唇に傷ができてもマラリア、頭が痛くてもマラリア。

この間、隣のケータイショップのお兄さんと挨拶して握手したときに
すごい手が温かくて、「熱あるんじゃないの?」と私が驚きながら聞くと
「うん、マラリアだよ!」と凄まじい笑顔で返ってきた。

何度もマラリアにかかってる彼らは、それなりの免疫が出来ていて
マラリアになっても日本人がかかるほどひどい症状は出ないで薬を飲んで治してる。
(とはいっても、よくマラリアで人が死んでるけど。)

それで、病院のマラリアチェックの結果は、
もちろん、勿論、モチロン!!
マラリアは見つかりませんでした。
あっほらしい!!!!と更に思いながら、3種類の風邪薬を受け取り。
しかも、それ、2週間分の薬が入ってた。

もう治ってますけど。
と心の中で突っ込みながら
まあーーこれはちょっとネタになるからいいか、と思い、
帰って
「ほらーマラリアじゃないって言ったじゃん」って誇らしげに言うと
「今はもう治ってたけど、小さなマラリアだったのよ絶対!」って言われた私。

だから・・違うから。と思いながら
「yeah、小さなマラリアだったかもね」と笑いあって
私はマラリアから生き延びたのでした。