カテゴリー別アーカイブ: 【旅の途中】

最終目的地、ザンジバル!

ザンジバル!

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完璧な白い砂浜に、完璧な青い海!
楽園~!!

世界遺産にもなっているストーンタウンも
人々の活気あふれる面白い文化がぎゅーっと詰まった素敵な街。

ああ、これだから旅って、おもしろい。
ああ、これだから、地球って、おもしろい!!!

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古い街並み、扉がそれぞれ素敵で、街全体がアフリカのほかにはない独特の雰囲気。

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島の北部までは車で1時間半くらい。
とーってもきれいなビーチリゾートが広がってる。

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夕日も、

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満月も、

完璧!

日本人の旅人は、ストーンタウンより北部のビーチが良くて
何日もいちゃった、という話を何度かきいていたけれど、
私たちはビーチリゾートは2~3日でいいかな、というかんじで、
ストーンタウンに戻った。
もちろん海が綺麗で、のんびりするには最高の場所!
なんだけど、活気あふれる人の生活が垣間見れるストーンタウンが
私たちは好きで、一日中街を歩いているだけでもすごく面白い。

ザンジバルのひとたちも
やっぱりちょっと独特で、
のーんびりと島人らしいフレンドリーな人が多かったイメージ。

道を聞くとすぐに目的地まで連れて行ってくれるし、
旅行者にとっても優しい人たちばかりでいろんな人にお世話になりました。

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旅ももう終わりなので、
買いたかったおみやげもちゃんと買って、
たーっぷり旅のラストを満喫しました!

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ナイロビからアルーシャへ

午後2時にナイロビを出発し、
ミニバスでタンザニアのアルーシャという街を目指す。

ナイロビに2人友人がいたので、
ケニアには2泊だけした。

ルワンダから始まったこの旅で3度目の国境越え。
今まで船の旅が多かった私は、陸路での国境越えは新鮮!!
(ヨーロッパ南下したときは、イミグレとかなく電車でいつの間にか次の国に入ってた。)

特に、ナイロビからアルーシャまでのバスがとっても良い!!

ナイロビ抜けると、だんだんとアフリカのサバンナの中に突入。
どこまでも広がる大草原の一本道を走り抜ける!
そして、道の舗装が素晴らしいので快適!
(やっぱり道が悪かったのは、ウガンダかな。。)

途中村々を通り過ぎると
マサイ族のひとたちが歩いてる。

赤とか青の布をまとって、長めの木の杖を持ってる。
女性はビーズのアクセサリーをたくさんつけてる。

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途中トイレ休憩で寄ったお土産屋さんの横でたむろしていた若い兄ちゃんたち。
「アフリカのマリファナ」とやらの木の枝を食べて楽しそうにしてる。

兄ちゃんの頭に、爪楊枝が日本刺さってた。
アフリカの人の髪の毛はチリチリで、
爪楊枝がチリチリの髪の毛が生えてる坊主頭に吸い付いている。

それ、なに?と聞くと、
「つまようじだよ!!」
「for future use!」と。
それをきいたらなんだかおかしくなってきて、みんなで笑う。

バスは国境に着く。
山に囲まれた草原の中。

ケニアを出国し、歩いてタンザニアに入り、
タンザニアの入国スタンプをもらう。

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バスは国境を越え、走り続ける。

また、なにもない大草原。

夕日が沈んでいく。

アフリカの大地に沈んでいく。

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水平線に沈んでいく綺麗な夕日は船でも、日本の海岸でも、何度も見たけれど、
地平線に沈んでいく夕日というのはまた、本当に綺麗で感動した。

右の窓から見える夕日に見惚れて数分。
沈んで前を向いたら、
まっすぐどこまでも続く一本道のその先に、凛と浮き立つ山の影。

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アフリカだ。
アフリカを旅している。
この大地には、ひとの心を動かす何か大きな力があるような、そんな気がする。

地平線の上はぼんやりオレンジ色に染まり、
そこからグラデーションで空の色がどんどん深い青を作っていく。

その上の方に、力強い光を放つ一番星が現れる。

きれい。

地平線の上のオレンジはだんだと黄色に変わり、
深い青がその、黄色を飲み込み、
真っ暗な夜を迎える。

地球が回っているという
あたりまえの事実を目の当たりにする瞬間。

ルワンダからウガンダに入り、ケニアを越えてタンザニアへ。
陸路の旅の面白さを十分に感じるバス移動。

アフリカ。
28歳。

素晴らしい景色や、素晴らしい出会いも、
今までの旅とは何か少し違う気がしている。


遠いアフリカのこの街で

カムリでもうひとり、
とっても会いたかった人がいた。

私がウガンダにいた間、一番お世話になったひと。
いちばん一緒に時間を過ごさせてくれたひと。

Mr.Peace!

名前からしてとっても素敵な、ピースさん!

(彼とのことを書いたウガンダにいた頃のブログ→http://natsusa-blog.com/?p=494

日本に帰ってからもメールでやりとりをしていた。
私がウガンダに行くことを決めたとき一番に報告し、
一番に喜んでくれる人。

今回、カムリに滞在していた数日間、
彼のおうちで3食ぜんぶご飯も作ってくれて!

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彼の子どもたちももちろん大きくなっていて、
私が来ることを心待ちにしていてくれたそう。

3姉妹の一番下のデボラは、当時も私がとってもかわいがって懐いてくれていた子。
大きくなっていても、会ったらすぐに分かった!
相変わらずかわいくって、また会えたことがとっても嬉しかった。

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Mr Peace の当時の奥さんは、2年前に亡くなっていることはしっていたけれど
今は新しい奥さんがいて、
親戚の孤児たちも集まって、なんだか更に大家族になっていた。

(新しい奥さんは、私も知っている人だった!)

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私は当時、彼の活動を手伝って、
彼が自分のプロジェクトとして10年ほど前に始めていた
小学校に、私は先生として通っていたんだけど、
その小学校ももちろん訪れた。

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校長先生のウィリアムは相変わらずゆる~いやさし~い先生のままで

子どもたちは5年もたったから入れ替わっていて
知らない子供たちばかりだったけど、
中には私がいた頃の子もいて!

特に私になついてくれていた
ルーシーという女の子がまだいて、
5年たってすっかり大きくなっていたから私は最初わからなかったんだけど
彼女が恥ずかしそうに、「ナツサセンセイ」って言ってくれて
私もようやくわかって、嬉しくて!

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当時使っていた校舎は、
土壁の本当にボロボロでいつ倒れてもおかしくないような校舎だった。

そしたら案の定、
台風が来た時に倒れてしまったらしく、なくなっていた。

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私は当時、Mr Peace と一緒に
JICAにプロジェクトを通して支援金を得て
新しい校舎を作ることができたから

その校舎が今はちゃんと役に立っていて
ほっとした。

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カムリ滞在中は、Mr.Peaceと彼の家族が
ほんとうにあったかく歓迎してくれて
なーんにもないところだったけど
この街との縁がつながって
こうして何年か経ってまた来ても
待ってくれている人がいて、
きっとまた何年かしてからこの街を訪れても
またあったかい気持ちになれる、
そんな場所が、日本からはとっても遠いアフリカにあること
私はそれがすごく幸せに思えてしょうがない!

いつか、この街やMr Peaceとのプロジェクトをもう少し広げて
私は自分の仕事とつなげて
スタディーツアーや、何か形になるものを作り上げていけたらと
思っている!ので、お楽しみに~!

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ハリエットに会えた!

5年前に1年住んでいた、
ウガンダの田舎町、カムリ。

今回の旅でやっぱり一番楽しみだったのは、
カムリに行くこと。

大変だったアフリカ生活や、
お世話になった人たちの顔が次々と思い浮かぶ。

首都カンパラからバスに乗って2時間。
ジンジャという街でバスを乗り換えて、更に2時間。

この道も、毎回いろんなことを考えながら
何度も通った懐かしい道。

カムリの街が見えてきて、変わらないような、
少し変わったような、懐かしい街に、ドキドキした。

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住んでいた家の前でバスを降ろしてもらう。

家は共同生活の長屋の様になっていて、
一緒に住んでいたハリエットとヘレンがまだそこに住んでいるのかわからなかったけれど、
とにかく入口から入ってみる。

レンガの雰囲気や生活感が懐かしい。
私が住んでいたところには誰か違う人が住んでいて、
その住人に、「ヘレンは?」と聞くと、向かいの部屋にいるよ!と。

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(私が住んでいた家。)

大きな声で、ヘレン!ヘレン!と呼ぶと
まだ顔も見ないうちに

「ナツサー!!!」とヘレンの声!
会えた!ヘレンに会えた!!
感動した。嬉しかった。
ヘレンとビックハグを交わす。
びっくりして嬉しそうなヘレンに感動する。

ハリエットは?と聞いてみると、
ハリエットの夫のイノロが今年の三月に亡くなったらしく、
村に帰っていたと、びっくりする情報を突然聞かされる。

ハリエットは私が来た当時、イノロの第三夫人で、おなかにあかちゃんがいた。
そのうちに産まれて、
その赤ちゃんはジョナサンと名付けられて、私も毎日成長を見守っていた。
イノロが第三夫人のハリエットのところに帰ってくる日、
ハリエットは張り切って肉を料理していたことを思い出す。

ある日はハリエットとイノロの夜中に夫婦喧嘩の声で目が覚めた。
アフリカで夫婦げんかして外に締め出された女性を夜中に宥める自分に笑えた。

ハリエットは貧しい村で育った。
教育も受けられてないから、英語が喋れない。
けど、街で働くイノロと結婚したから、街に出て来て私と同じ敷地内に住んでいた。

ハリエットは初め、
恐らく初めて見る外国人が同じ場所に住み始めたということに戸惑いを見せていた。
完全に警戒されていてコミュニケーションも取れなかった。

でも次第にハリエットは心を開いてくれて、
いつでも優しくてかわいくてピュアな私のお隣さんだった。

私はハリエットが大好きで、
言葉は通じなくてもほんとうに大切な友達が出来て嬉しかった。

次の日、ハリエットがいる村にバイクタクシーで会いにいった。

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家に着くと、ハリエットの妹が歓迎してくれた。

4才になったジョナサンがいた。

生まれたばかりのジョナサン、
私が帰国する頃には立ち上がりそうになっていたジョナサンが、
私を見て恥ずかしそうに逃げて行った。

ハリエットは畑に行っているとのこと。
周りの近所の奥さんたちが子どもたちに
「ジョナサンのママを呼んでおいで!!」と言うと、
子供たちが我こそにと走って呼びに行ってくれた。

少し待っていると、ハリエットは裸足のまま走って来た。
全身で喜んでくれて、ナツサ!ナツサ!と何度も呼んでくれた。

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日本に帰ってから、
もちろん携帯も郵便ポストもないハリエットと連絡を取ることなんてできなくて、
それでも大好きだったハリエッとの写真を部屋に飾っていた私は
ハリエッととまた会えて
夢のようで、嬉しくて感動した。

相変わらず言葉が分からない私達は、
限られた覚えてる言葉と表情と歓喜の声でお互いの再会を喜んだ。

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私が帰国する時にあげた写真をいれるアルバムは、
私の写真が大切に挟まれていて
その後には、私が帰国した後のジョナサンの成長していく姿の写真が何枚か入っていた。

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5年前の写真を何枚かプリントアウトして持ってきたものを渡して
そのアルバムにまた入れてくれた。

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今回こうして、ここに戻ってきて、
私の知っている人が何人も亡くなっていた。

アフリカでは健康診断もなければ、
病院に行くお金もなかったりして
小さな病気でも突然亡くなったりする。

やっぱりこれがアフリカの田舎の現実なんだと思い知らされた。

それでもみんな、力強く頑張って生きていて
私のことを大歓迎してくれて
こんなところに
大切に思える人たちがいることがどんなに素敵なことなんだろうと心が熱くなる。

私が日本に帰ってから
ピースボートの仕事を始めて忙しく日本中、世界中を飛び回っていた中で
彼らが過ごしていた私と同じだけの時間に触れてみて、
日本とアフリカの遠さを改めて想う。

ウガンダに住んでいた頃の自分を想い、
ここにまた戻ってこれた自分を想い、
当時いっぱいいっぱいで見えていなかったこの街の良さが
今はいっぱい見えたり
成長した今の自分を感じた。

そして、きっと、ひとりだったら、戻ってきていなかったかもしれない。
一緒に旅をしてくれて
私が住んでいた街を好きになってくれた彼にも心から感謝し、
そんなひとと出会えたことに幸せを感じました。

きっとまたこの街に戻ってくるな~と不思議と思え、
でも、その時に、ハリエットやヘレンは元気にまた会えるだろうかと
少し不安になってしまうのは
やっぱりアフリカという土地のせいでしょうか。

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