カテゴリー別アーカイブ: 【青年海外協力隊ウガンダ日記】

ウガンダ日記

青年海外協力隊としてウガンダにいた日々を、
(超・今更ながら!)まとめました!

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◆ウガンダから学ぶこと
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◆最後の日
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ウガンダが心配です。

メールがきた。
「ウガンダで内乱が起こってるらしいよ!」

ニュースを検索した。
「ウガンダで暴動13人超死亡」
あんなにピースフルだと思っていた国。

私の日常だった、たくさんの思い出のつまった国。
ニュースが伝える画像を見ると心が痛かった。
知っている、見慣れた景色。
良く歩いた道。
まだ友達も、大切な人も、たくさん住んでいる場所。

夏沙のブログ-09/14 UGANDA

夏沙のブログ-UGANDA 09/09/04

ウガンダに行く前、アフリカのイメージのひとつに、こういった暴動のシーンというのはあった。

でも、自分がウガンダで生活をして
ウガンダ人と仕事をして
街のひとつひとつと出会っていくうちに
こういったシーンというのは
私の中で例外になっていた。

だからこそ、すごく心が痛い。
あんなに穏やかで優しい人たちばかりなのに
どうしてニュースはこんな映画の中のような写真を
伝えているの

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夏沙のブログ-1

 

 

 

 

 

 

 

この写真は外国のメディアからひっぱってきた。

こんな写真を載っけて
ウガンダやアフリカのイメージを
怖いと思ってしまう人がいるかもしれないという懸念も抱えながら載せました。
これだからアフリカは危ない。って、思うと思う。
そんなこと、ないよ!
なんて軽々しく言えない。

実際にもう私は日本にいて、この現状を知るための方法はインターネットでしかなくて
こんな限られた情報から
私だって、すっごくびっくりして、友達大丈夫かな、とかどんな悲惨なことになってるんだろう
とか想像する。
実際のことなんて何も分からないのに。

それでもやっぱり想像するしかない。
民族と政治との対立。
カンパラで14人が死んで
82人がけがをして
640人が拘束された
というその文面から、想像するしかない。

私にきもちわるい鳥の置物をクリスマスにくれたあの子はどうしているんだろうか
私がいたNGOに仕事が無かったから、仕事を求めてカンパラに行ったポールは、どうしているだろう
毎日裸足でカンパラを歩き回っていたストリートの子どもたちはどうしているだろう
けだるそうに道ばたに座り込んで果物を売っていたおばちゃんたち、何してるかな
カンパラに住んでいる隊員仲間は大丈夫かな
JICAの事務所はどんな対応をしているのだろう
別れてしまったけれど今でも心から大切に思っている彼が、まさかこのタイミングでカンパラに行っていたりしないかな

とか、
すっごくすっごく心配になった。
来年には選挙がある。
ケニアみたいなことにならないか、すごく心配だ。
心配したって私が今できることがなくて
いや、ウガンダにいたって、私ができることなんてほとんど無かったんだけど。

帰国して
やりたかった仕事をする環境に入って
表現したいことや
やりたいことや
いろいろあるはずなのに
なかなか進まずに
目の前のことに追われる自分を甘やかしたくなったりする。

もう後ろは向かないと決めているから大丈夫だけれど
前にぐんぐんぐんぐん進み続けるのには
相当なエネルギーがいるよね。
それでも自分で選んだ道だ。
ウガンダが平和であるように。
私の大切な人たちが幸せであるように。
世界中で争いごとが無くなるように。
今できることを、目の前にあることを、こなそう。


最後の日


アフリカの大地に受け入れてもらって

ウガンダという国に受け入れてもらって

カムリという町の人たちに受け入れてもらった。

 


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最後の日。



お世話になった活動先のおじちゃんが小さなフェアウェルパーティーをしてくれた。

旅では絶対に味わうことの出来ない、

一緒に暮らして一緒に働く

ということができたことに感謝した。


最後に私のわがままで

活動先の小学校の子どもたちが住んでいる村のひとつに

連れて行ってもらった。


子どもたちに、会いたかった。

 

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この子達がいたから

私はここにいる意味を少しでも見つけられたんだと思う。


最年長で

みんなのことをしっかり見守っていてくれたエマ。

エマに会いたかったけれど

牛の世話に行っていて、いなかった。


エマのお母さんが、裏の畑から

トウモロコシをたくさんお土産にとってきてくれた。


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英語がまったく出来ない村の人たちとも

少しは会話が出来るようになっていた自分に

時間の流れを感じた。


子どもたちとバイバイして

ウィリアム先生のおうちに寄ってから

家に戻った。

 



いつものように

ヘレンとハリエットがいて


私が村からもらってきたトウモロコシと卵と豆をハリエットに料理してもらう。


最後の夜が停電でよかったと思う。


ハリエットが作ってくれた夜ご飯は

キャッサバと肉のスープ。それから卵焼きとトウモロコシとミルクティー。


ハリエットの部屋で一緒にランプの明かりで食べた。


ハリエットとも今ではお互いの心を通わせる会話が成り立っている。


片付けられてすっきりとした住み慣れた部屋。

ランプの明かり

屋根をたたく雨の音

蚊帳の中。



絶対に、また、ウガンダに戻ってこようと思う。

好きになれたこの国に

心からありがとう。


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この国から学ぶことはたくさんある


絶対に怒らないウガンダ人の優しさ。

日本人からしてみたら

約束は守らないし嘘ついては言い訳ばかりだし

うんざりしてしまうこともあけれど

でもウガンダ人はたいていの人がものすごく穏やかで

そして外国人やお客さんに対してのホスピタリティーが

私が行ったことのあるどの国よりもすばらしい。


町を歩いていると

「ムズングーーー!!」と何度も叫ばれる。

ムズングは白人という意味。

肌が白いだけで目立ちすぎるから子どもにも大人にもムズング!って呼び止められる。

そういうのに慣れていないし、いちいち呼ばれてすっごくめんどくさい!

なんて思ってしまうんだけれど

ちゃんと考えてみれば

日本で肌の色が違う外国人さんがいたら遠くからしら~っと観察して

そして絶対に話しかけないような日本よりも

断然嬉しい反応ではないか!

なんて心に余裕があるときはそう思う。


ムズングー!ハーワーユー?

ムズングー!ご飯食べていきなよー!

ムズングー!どこいくのー?

ムズングー!・・・


(でも最近、ムインディ!と呼ばれるようになってきた・・・インド人って。)


ぎゅうぎゅうの乗り合いバスの中でも

他人同士が会話をしたり笑い合ったり

他人のあかちゃんを隣の人が抱っこしてあげたり

人と人との距離があったかい。



ありがとう、という言葉をウェバレという。

町や村を歩いていてると

どっかから誰かが「ウェーバーレーー!」と外国人の私に叫んでくる。

感謝を伝えるときはもちろんだけれど

それ以上に

私が洗濯をしていると「ウェバレ コーザ」(ありがとう、洗濯)

私が料理していると「ウェバレ オクフンバ」(ありがとう、料理)

私が食器を洗っていると「ウェバレ オクナーザエビンツゥ」(ありがとう、食器洗い)

と言ってくる。


いつでもウェバレ。


そしていつでもポジティブで明るいウガンダ人。

恋愛に対してもポジティブ!

ウガンダ人男性は、肌の白い外国人が大好き。

どこを歩いていても

めちゃくちゃポジティブにアタックしてくる

すぐに携帯番号を聞きたがるし

いきなりアイラブユーとか言ってくる。


この間なんて、あるいていたら

ハロー マイ サイズ!

 びっくりしたけど、笑ってしまった。

マイ サイズ というのは 自分にお似合いの子という意味みたい。


半年前、ちょっとかっこよかったから

まぁいっかと思ってケータイ番号を交換したひとがいて

そしたらもう何度も何度も電話にメール攻撃をしてくる。

半年間、わたしの冷たい対応にもめげずに

今もくっさいメールを送り続けてくれている。


そのメールの内容がおもしろすぎて

わたしはネタにするために書き留めてる!


「もしも僕たちの関係が一冊の本だったら

そのたったの1ページが始まったばかりだよ」


「ナツサがスペシャルすぎて何をいっていいかわからないけれど

今夜の夢に天使が美しい歌を届けてくれますように」



そして大変申し訳ないけれど

私のメール返信率は5パーセント

かかってきた電話を取るのは20パーセント。


それでもめげずに頑張っている彼の前向きな気持ちだけは

嬉しいけれど。



それから物をたいせつにするというシンプルなこと。


ひとつの物をぼろぼろになるまで使い切る。

単純にお金がないからそうせざるを得ないというのもあるけれど

私たち日本人みたいに

一回使っては捨てる

なんていう文化はない。



私の部屋をウガンダ人に見せたくないと思うのは


一枚の紙を大切に使うウガンダ人に

ウガンダ人が一生かかって使えそうなほどの紙を持っているのを知られたくないから

ウガンダ人の月給の何倍もする電子機器をたくさん持っているから

停電の時にひとつのキャンドルですごすウガンダ人に

2つのランプと3つのキャンドルを使っていることを知られたくないから。



それから、

わたしが持っているものはあなたにあげる。

持っているひとが、シェアする、という文化。


「個人」で生きる社会が広がる日本。

その日本にはない、「共同体」の文化がちゃんと残っている。


ご近所さんとはなんでもシェアする。

足りないものがあったらお隣さんがあげるのは当たり前だし

自分が持っているものはお隣さんとシェアする。


裕福な外国人に

お金ちょうだい。ものちょうだい。

ってよく言われるけれど


私が持っていないものはちゃんとウガンダ人がくれる。



夏沙のブログ-5/12/1

(この間学校の生徒の村を回ったら生徒の親がそれぞれお土産をくれて

そしたらこんなにいっぱいになってしまったの!マトケ、牛乳、いも、たまご、豆!)



こういうあったかい文化や習慣に出会ったときに思い出すのは


日本の電車の中で

あかちゃんの足が隣の人に当たって

隣の人があかちゃんのお母さんをものすごい冷たく睨み付ける光景とか


日本のご近所さん同士の主婦たちのケンカをネタにしたテレビ番組とか


物であふれ返る日本で

買っては捨ててを繰り返し

メディアが作り出す流行にのって新しいものを安くたくさん買い占めて

おしゃれを楽しむ高校生や大学生。



別に悪くない。

でも、やっぱり、

気持ちのいい生活って

どっちなんだろう、って考えたら

答えは簡単だ。



夏沙のブログ-5/12/6


この国はいいもの、たくさん持っている。



「協力隊」な私は、全然協力なんてしていないんです。

むしろ協力されてるしたくさん学ばせてもらっているんです。





タイトルなんてないけれど




夏沙のブログ-jinja no ozichan




自分に納得して生きるということ。

それはそんなに難しいこと?


私はこの1年間、自分に納得できないまま過ごしてきた。


自分が一応「国際協力」という立場でアフリカに来ていること。

日本がどれだけ世界の貧しい国を助けてあげていますよ

というのを表すための数字であるODA予算から

ウガンダ人の一生分以上のお金をかけてもらってここにいること。



一日一ドル以下の生活をしている人という指標をよくきくけれど

ウガンダでも一日一ドル以下で暮らしている人なんて山ほどいて

隣のハリエットだってそうかもしれなくて


1ドル=100円

100円×365日=36500円


ウガンダ人の平均寿命が50歳で

36500円×50年=1825000円

単純に計算して、一生に使うお金が180万円。


JICAの協力隊を一人派遣するのに1000万円以上かかるというのは

よく聞く話。



別にお金がどうだこうだと言いたい訳ではない。


実際今私の生活費は月400ドルで、

これは任地にいたら絶対に使い切らないくらい莫大なお金で

ただカンパラの高級レストランで中華やタイ料理やそーゆう贅沢や

外国人だらけのショッピングモールに行ったりするから

その400ドルがいい具合に使われているだけで。



何が言いたいかって、

私は今の自分に納得できないまま1年間を過ごしてきたということ。



協力隊に行くということを決めたのは、

国際協力や、日本を越えた世界をベースにして卒業後の進路を考えていた私にとって

保障された安全なアフリカ滞在

しかも「国際協力」という名目で。

という、そのときの私には一番安全な選択だったのかもしれない。



つまり、自分に妥協したんだと思う。


いろいろ想いはある。


若いからだいじょーぶよ~なんて言葉はもう十分。

何歳になっても、「今」に妥協したくないし

自分より若い人を前にして

若いっていいわね、なんて言葉を口にしたくない。



自分に、自分の人生に納得できる生き方をしていたいと思う。