カテゴリー別アーカイブ: 【Today is my life!】

読んでくれてありがとうのヒトコト



ブログをはじめたのは

世界のどこにいても

両親や親戚や友達に

私が元気でいるよ、と伝えたかったから。


でも書いているうちに

私の言葉に共感してメールをくれたり

何かを感じてくれてメッセージをくれたり

読んでくれて反応をくれるひとがいることに励まされた。


そのうちに

自分の誰かに伝えたい想いとか、ここにいるからこそ気づく想いとか

そういうのを発信していくことが楽しくなっていった。




でもね、その反面、ブログには載せられないもっとたくさんの想いが本当はある。




協力隊という立場だからこそ書けない思い。

個人的なことすぎて書けない思い。

自分のプライドが邪魔して書けない思い。


もちろん、インターネット上に公開という意識はしているけれど

個人的になりすぎてたり

わがままな自分の意見ばっかりだったり


それでも、読んでくれて励ましてくれてあーりーがーとーーって

言いたくなりました。



はやくみんなに会って

顔を見て

積もる話がしたいです。


 

Love, from 夏沙


夏沙のブログ-5/12/5


2008年12月30日15時20分



2008年12月30日15時20分

夏沙のブログ-年の瀬


隣では、ウガンダ人かどこのアフリカ人か私には分からない女性が

赤ちゃん一人連れて、ビール3本目をグラスに注ぎました。


お金持ちそうなウガンダ人男性4人グループが、ソーダを飲みながらノートパソコンに向かっています。


その中の一人の男性のTシャツにオバマさんの顔が堂々と写っています。


その隣にいる白人は、イギリス人でしょうか。


テレビではガザ地区のニュースをイギリスのテレビが伝えています。


私の背丈くらいの大きさのクリスマスツリーにカラフルな明かりがついています。


半年前にこの国に来てから、変わらない気候と変わらない日の長さ。


変わらない、ハイビスカスにバナナの木。


私にとっては二度目のマンゴーの季節。


変わったことと言えば、髪の毛が伸びたこと。


日本から持ってきた服が、手荒い洗濯のせいで寿命が近づいてきたこと。


任地の言葉が少しだけ理解出来るようになってきたこと。

 

一年という時間の長さを思い、

一日という時間の長さに意識を向ける。



あの頃から5年が経ち、

あの頃から1年が経った。

 

昨日を過ごした私は


今日が来ることに何の疑いもなく



今という時間をただ、受け入れている。

 

この地球に生きる、どれだけのひとが

明日が来ることに当たり前の感情を抱き生きているのでしょう



この地球に生きる、どれだけのひとが

明日が来ることを恐れ不安を感じているのでしょう


日本という海に囲まれた小さな国の中で育まれてきた


土地、歴史、文化、民族、人柄、習慣・・・



そこを飛び出れば


その全ては本当にちっぽけで


自分が日本に所属しているという事実に違和感を覚えます。


来年も、良い年になりますように。



私の家族と、私の大切な人が、幸せでありますように。



世界中に笑顔が溢れますように。


単純だけれど、心の底からそう願います。


夏沙のブログ-年の瀬2


一時帰国したい時頃

もうすぐ12月、2008年も終わりが近づいていきました。
11月は、あっという間に過ぎていきました。
たくさんのことがありすぎて、ブログを更新する気力がありませんでした。
書いておきたいことはたくさんありますが
何から書いたらいいのか!
とりあえず、自分の生き方について!!(テーマ重い?笑)
えっと。
プライドについて。
人は、みんな、少なからずプライドってあると思う。
私も、ある。
でも、17歳の時に、「プライド全部捨てたい!!」と苦しんだことがあった。
それから6年たった今、その時あったプライドを
私はかなり捨てられたと思う。
17歳の時にあったプライドって、
周りの人にどう見られているかって自分の評価とか
「普通」よりもかっこいいことして生きていきたいとか
恥ずかしい思いはしたくないとか
ダメな自分は見せたくない
そーゆうことだった。
だから、ばっちり化粧して
毎月新しいファッションに敏感になるために雑誌ばっか読んで
外見も
性格的な中身の部分も、かなり自分に嘘付いて、理想ばっかり求めて
頑張って「自分」を作ることに必死だった。
でも、アメリカに留学した1年で
そんな自分が嫌になった。
もっと、自分を持ちたい、
周りの評価じゃなくて
心の底から、素直に自分を表現して生きていきたい
って
思ったんだよね。
17歳までに作り上げてきたプライドは、けっこう大きなモノになっていたから
それを捨てるにはけっこうな勇気が必要だった。
そして今、23歳になった私は、化粧も一切せず、周りの評価や社会の目じゃなくて
自分のことを、だめなところも、いいところも、はっきり
相手に伝えて
そんな風に生きているんだ。
で、ここまでは、前置きで。
そう、だから、自分の生き方とかをどんな風に評価されてもかまわない。
だから、ここに、思うままに、もっとストレートに、自分のことを書いてみようと思うのです。
11月の始めにあった私の事件は、失恋!
失恋体験談をブログに載せるのか、自分!?
と思ったけれど、今のところの私の頭の中のかなりの割合をこの事件が占めているから、書きます。
リーバイのことを。
リーバイとは、1年8ヶ月前に2度目に乗ったピースボートの上で出会いました。
リーバイは英語の先生として参加していた地球一周の船旅に、当時沖縄に住んでいた私は沖縄から台湾まで船で先に到着して、台湾からイタリアまでの間の船旅に参加した。
背が高くって、自分で作った服を着て、
アコースティックギターを弾いていたヒッピーなリーバイのことは、すぐに好きになった。
リーバイも、私のことを好きになってくれた。
まさに、船マジック。
シンガポールの夜景も、スリランカで電車から見るカラフルな町や人も、エジプトの不思議な雰囲気も、リーバイといれば倍楽しかった。
ギリシャで初めて二人でデートして
クロアチアで信じられないくらいきれいな街を歩いて
そして
イタリアで私は下船した。
日本に戻ってきた船からリーバイが下りてきて
それから今まで、
遠距離の時間を除いたら、本当に近すぎるくらい一緒にいた。
2人で、悩んで悩んで決めた未来は、
一緒にウガンダで国際協力をして
その後は、一緒にアメリカに住む、ということ。
だから、リーバイは、ウガンダまで来てくれた。
でも、11月の始めに、別れちゃった。
こんなことになるなんて、思ってなかった。
リーバイの気持ちは少しずつ離れていってしまったけれど
うまくいくように、その気持ちを隠してきたんだって。
つまり、ふられちゃったんだよね。
原因はいろいろあって、ここに書くようなことじゃないから書かないけれど
何日も2人で話し合わないといけないくらい関係は深くて複雑になってた。
めちゃくちゃ好きだったから
かなり落ち込んで、かなりショックで、
どうしようもなくって
泣きながら日本の実家に電話しちゃった。
両親、親戚の皆様、そして世界中にいる友人の皆々様、
ご心配をおかけしました。
こんなとき、今まで見えていなかったことにたくさん気づいたりする。
今まで、リーバイとの世界にどっぷりつかりすぎてて、
自分の世界を広げていくことを忘れてたんだよね。
それは、けっこう大きくて。
だから、日本で小さい頃からの友達や、ピースボートで出会った友達や、もう何年もあっていない友達や、留学していた頃のタイ人の親友や、他の国にいる協力隊の仲間や
ほんとうにたくさんの人に、たくさんの素晴らしい言葉をもらって
励まされて
いろんなことを考えた。
私の中で、リーバイの存在は大きくなりすぎてて
別れたら、人生の半分に意味が無くなっちゃった気がしたんだ。
そこにダブルパンチで、「協力隊」としての活動が微妙、という現実。
落ちるでしょう、どん底!
この一ヶ月、失恋&活動の悩みで、全然やる気もおきず、ひとりになる気もなくて、
カンパラでけっこうな時間をすごしたりしていたんだ。
昨日、任地のカムリに戻ってきて
そしたら両親から興奮の電話。
未来の嬉しいお知らせが2つ。
それ聞いたら、年末に日本に帰りたくなっちゃった。
一時帰国したいなぁーーーーなんてね。
でもほんとに今は一時帰国にピッタリな時期すぎて。
失恋&息詰まり、そして年末の楽しそうな予定と従兄弟の赤ちゃんも産まれるし
今は遠い自分の生まれ故郷にとっても帰りたくなってしまいました。
でも大丈夫。
相変わらず暑いウガンダのことは好きだし、
友達や両親から日本食が届いたし
隊員仲間と旅行に行く約束もあるし
来年の春には、両親遊びに来る予定だし
リーバイと別れちゃったけど一緒にルワンダにいく約束もあるし(友達として、だって。)
だから、今はちょっと落ち込み気味だったけど
ゆっくり時間書けて、もう一度自分の人生立て直していく時期なのかなと思って
頑張っていきます。
あれ、話がずれた?
まあとにかく、ポジティブもネガティブも、全てが今の私なので、
だれにどんな評価をされようと、素直に正直に生きていたいと思うのです。
協力隊の矛盾は、また、書きます。


福島からアフリカへ

とりあえず・・
時間がない って言いたくないけど 
時間がない!!!
出発まであと1週間!
25日に関空から出発します
ドバイとエチオピアを経由してからウガンダに・・・
関空から4回も飛行機が飛び立たないといけない。長旅だ・・
24時間以上の移動時間になりそうです、ああ・・・疲れそう、
65日間の福島での派遣前訓練が終わったのはもう6日前
朝の早起きも
団体行動も
英語の勉強も
大変だったけど
いい仲間に囲まれて
なんとか終了できた。
毎日毎日語学のクラスがあって
私がやる気のなかったときもいつでも
向き合って教えてくれたアイルランドの先生
終了式で泣くのをぐっとこらえていてくれた
語学のクラスが両方一緒で最初から気があって仲良かった友達が
最後の最後に入院してしまって、一緒に終了できなかったことが唯一心残りで泣いた。
でももう本当に終わったんだな、なんて実感する暇もなく
今は、派遣にむけての準備と、会いたい友達と会ったり
家族との時間は一番大切にしたくて
毎日があっという間に過ぎていく。
海老名に帰ったら大好きな両親とリーバイとヒッポが待っててくれて
おいしいお家のご飯と
自分のベッドはやっぱり一番の幸せだなぁ
なんて思うから
来週からは目が覚めたらアフリカか、
と思うと楽しみな気持ちよりも寂しい気持ちがまだ大きい。
今日は、表敬訪問というのがあって
海老名市長に挨拶に行かなきゃ行けないの
この間は皇太子と会って
その後は神奈川知事と会って
今日は海老名市長。
私、何者?ってかんじ。
JICAって、こーゆうことかぁ。
と、いい意味でも悪い意味でも感心します。
この前日曜日はリーバイの誕生日だった。
鎌倉に行こうと思っていたけど
急遽茅ヶ崎へ。海を見た。
夜は両親がおいしいごちそう作って待っててくれた
私の愛する両親が
私が愛する人を愛してくれて
そのことが本当に嬉しい夜だった。
ウガンダに着いて7月14日までは首都のカンパラで研修
その後それぞれの配属先に派遣されるって
予定表に書いてあったんだけど
私の誕生日、7月16日なのに
もしかして配属先で知り合いもいなくて
ひとりぼっちの誕生日なんてイヤだ>< 
なんて想像しちゃった
まぁとりあえず、行ってきます。
アフリカ来る人がいれば是非連絡を!
ウガンダ来~てね~
それかまた2年後に会いましょう♪


七五三ぶりの着物をきました

お母さんが30年前の結婚式の時に着た着物です
そうです
卒業式です
卒業     お母さんと

あっという間にもう大学も卒業してしまいました。

高校からだったから7年間の和光。(留学してたから実質5年。)

自分に合ってた、としかいいようがない。

中学生の時、制服が嫌いで、みんなと同じ事が嫌いで
制服のない高校を探して受験した学校だった。
高校は一番いい時期に留学しちゃったこともあって
なかなかとけ込めなかった部分もあったんだけど
というか大学だって友達そんなにできなかったけど
まぁ私が大学以外のところに進出していたのが原因ですが
それでも大学でもいい出会いはたくさんあって
いろんな人から影響受けて
高校まで勉強が大嫌いだった私が
人生で初めてこんなに勉強したと思えた2年生の時には
4年間で取らなきゃいけない単位の半分取って
まぁ私が1年生の時にさぼりすぎてしかも4年生でもさぼりたかったからなんだけど

そんなこんなで、卒業できたわけだけど
個性豊かなあったかい先生方にも恵まれて
おもしろい勉強をさせてもらったなぁとつくづく思うわけです。

何勉強してたかって
人間関係学部っていうところだったんですけど

特にこれ!と絞ってはなせないけど

日本とアジア 
アジアの民衆文化
開発経済学
世界の不平等問題
開発とジェンダー
シンハラ語
タイ語
東南アジアの社会と文化
日本における民族関係
朝鮮の社会と文化
現代社会とNGO

こんなかんじ! アジアンピースフルスタディーです。

船橋先生  
(ジェンダーやNGOのことを教えてくれたパワフルで大好きな先生!)

高校時代アメリカに留学してから、アジアの事を勉強したいと思って選んで
アジアのことや世界の事を勉強したつもりだったんだけど
結局進路はアフリカです。

でも
先生方にも、「やりたかった進路が決まってよかったね」
と暖かく応援してもらえました。うれしい!

というわけで卒業でした。

お母さんの着物が着れて本当によかった!
もうすぐ桜も咲いてまたみんな新しいことがスタートですね
楽しい毎日になりますよーに!