カテゴリー別アーカイブ: 【家族のはなし】

今日は父の誕生日!

偉大なる父、シゲル様!

お誕生日おめでとうございます!!!

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昔からパワフルで行動的で、人とのつながりを大切にするから、
我が家には日本中、世界中からのお客さんが耐えず父と母を訪れに来ます。

五年前1

退職して何年も立った今でも、
私と同い年くらいの教え子から「しげるっちー!」と慕われて
みんなが父・しげるっちを囲んでいる。
こんな先生が私の担任だったらおもしろかっただろうな、と思う。

父が30年前に仲間たちと建てた山小屋は、
私が生まれた時からずっと、四季を家族で楽しむ特別な場所だった。
自分の家族や仲間たちが集まれる素敵な空間を作って
それが私が大人になった今も大切に守られていて
「自分の空間を自分で作り上げたい」という、きっと30年前の父と同じような思いで
私は今、同じように、自分の空間を作り上げようとしているのかもしれない。

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昨日は、私の引越しを黙々と手伝ってくれて、
重い洗濯機から全部車に綺麗に敷き詰めて3往復。
時に引越し屋さんの父、尊敬!
いや、父は、時に料理人、時にツアーコンダクター、時に大工、・・・
なんでもできる。しかも、全てが本格的で
何でも知っていて、何でもできて、いつどこでそんな知識を得たのだろうと思うほど。

海外旅行も大好きで、毎年本当にどこにでも行く。
私の旅好きは、絶対に、父が昔からディープな海外旅行へ連れ回ってくれた影響。
海外で待ち合わせすることも何度もあった。
私が青年海外協力隊でウガンダにいたときは、はるばるウガンダへ遊びに来てくれた。
一ヶ月も!笑

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ピースボートで仕事していたときは、
地球一周の船旅の途中で
フランスで船の入港を待っていてくれて、一緒にフランスを歩いた。

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昔我が家にホームステイしていたベトナムの子が結婚したときには、
両親とベトナムで待ち合わせて、一緒に結婚式に参列した。

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私が高校生のときに留学へ行ったのも、
父が「1年くらい留学行ってみれば」と背中を押してくれたから。
全然留学なんて考えていなかったただの高校生だった私の人生が変わったのは
父が私に留学という体験をさせてくれたから。

私の人生にとって、こんなに偉大な人はいません。

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そんな父の、今日は、誕生日。

今年は、父のことをブログに書いてみました。

いつでも自慢の父・しげるっち!
何歳になっても、まわりの人に囲まれて
自由奔放に、楽しい人生を過ごしてください!!!

誕生日、おめでとうございます!!!

夏沙より


丸太小屋への想い

30年前、
父が31歳だったころ
群馬の山の中に
仲間たちと、一軒の丸太小屋をを建てた。

30年たった今もその丸太小屋は健在で、
私は生まれた頃から毎年たくさんの季節をこの丸太小屋で過ごしてきた。

春には山菜が取れ新緑が気持ち良い。
夏は川で遊び蛍が飛ぶ。
秋は山が綺麗に紅葉し秋の収穫がたくさん。
冬になったらスキーにそりに雪遊び。

そんな風にここで自然と遊ぶことを教えられながら育ってきた。

車を運転できるようになったころからは
友達を連れて自分たちだけで遊びに来るようにもなった。

この丸太小屋を作った父の仲間たちの中には
もう帰らぬ人となった仲間もいる。

いろんな時代を過ごしてきた丸太小屋は、
今も群馬の山を車でどんどんのぼり
畑を横目に走っていくと
木々の中にしっかりと建ち
私たちを温かく迎える。

山小屋

この間は、両親と3人で
新緑のきれいな丸太小屋にのんびりと滞在した。

 

ウドやよもぎ、行者にんにく、
小屋の横に生えている野生の食材を料理して

ウド

温泉に行って

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たき火してバーベキュー。

 

30年前、
一本一本木を伐り運び
人の手だけでこの丸太小屋を完成させた。
それだけ青春だったんだろう
どれだけ夢が詰まっているんだろう
どれだけの物語がここにはつまっているんだろう

そんな父がこの丸太小屋を作った年齢にもうすぐ追いつく私は
どんな思いで父がこの丸太小屋を建て
どんな思いでここを守って
子どもたちを連れてきていたのか

どんなにこの丸太小屋に強い思い入れがあるのかが
今はわかるような気がする。

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ここにいるとき父は
普段より若く見えるし生き生きとしている。
31歳で仲間たちとこんな素敵な夢を実現させた父の人生って
かっこいいな、素敵だな
そんなふうに、
小さいころは感じなかった父のロマンをひしひしと感じるのです。

そして、何歳になったって
かなえたい夢は現実にできるんだということを
学ぶのです。

さぁ、私も!
もうひとつ、でっかい夢を現実にしよう!!

 

最後におまけ!
山小屋で作ったスイーツたち!
これも白砂糖・卵・牛乳・バター使わずつくっています。
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ピーカンナッツマフィン

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アップルパイ

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ガトーショコラ

 


父・母、地球一周へ!

第71回ピースボート地球一周の船旅は
私の両親をのせて、横浜大桟橋を出航していきました。

雨かなと心配していた空も、
船の出航と同時に太陽が出て、
船がきらきらと光って
とっても感動的でした

夏沙のブログ
夏沙のブログ

私が高校生の頃から好きになって関わって来たピースボート
両親は応援してくれて
そして今度はついに、両親が地球一周の船に乗ってしまいました!!

私が好きなピースボートに、両親が乗ってくれるなんて
本当に嬉しい限りです!

船の出航は、やっぱり、やっぱり、いい。
何度見ても感動する。
この瞬間のために、毎日がんばっているんだなーって実感さえする。

両親が乗ったからよけい感動したけれど、
乗っていったひとりひとりに、地球一周するまでのそれぞれのストーリーがあって、
応援してくれる人がいて、それで実現する。

実現させた人がこうして一緒に船に乗って、
約3ヶ月をかけて地球をぐるーっと一周する。

みんなの想い
そして私も含め、この船を出すことに関わっているひとたちの想いをたくさんのせて
船はゆっくりと、ベイブリッジをくぐって見えなくなりました。

まず向かうは香港!
台風で船が揺れていないか心配でしたが、
台湾沖を通過中の船の中の両親から電話がきて、
揺れも大丈夫、楽しいよ~!!と。

よかったよかった。
大切な人が乗っている大切な船の大航海が
すばらしいものになるように祈るばかりです。

帰国は1月18日。
いつもは私が見送られるばかりだったけれど
こうして両親を見送って
大好きな海老名の実家には誰もいないけれど
帰国を楽しみに、そしてクルーズレポートも楽しみにしています!

クルーズレポート http://www.pbcruise.jp/report/71st/index.html

ちなみに・・
父のブログ http://ameblo.jp/hottatekai/
母のブログ http://ameblo.jp/hippoyamashita/


つちのこで結婚パーティー♪

また、つちのこのおはなし。
お母さん、お父さん、私をつちのこ保育園に入れてくれて本当にありがとう。
私の人生のスタートがつちのこだったことを本当に誇りに思うし感謝します。
って、つちのこ卒園した仲間ならきっと思っているはず
昨日は、つちのこの仲間である、アキコが結婚するということで、みんなで結婚パーティーを開きました。
アキコは、私にとっては幼なじみであり、姉妹みたいな存在。
家族同士が仲良かったから、初めての海外旅行は、アキコの一家と一緒だった。
それから、家族ごとに借りたキャンピングカーを走らせて
一緒にカナダ横断なんて旅にも連れて行ったもらったことも。
小学校の頃は一輪車を教えてもらった。
アキコと遊ぶと、いつもクリエイティブでわくわくした。
(彼女がその後、美大に進学したのはすごく納得。)
子どもながらに、将来一緒にルームシェアする計画なんかもたてて遊んでた。
学年はアキコがひとつ上だったけど
つちのこは学年は関係なくみーんな仲良かったから
パーティーに集まったのは、年代も様々、さらには子どもたち(私たち)の両親、当時の保母さんたちまで
集まってくれて、
そして会場は、当時あそんでいた保育園。
みんなが持ち寄ってくれたごはんも、なつかしい顔ぶれも、それからアキコの彼も、
大好きは保育園で大好きなみんなと一緒にお祝いできて
すごく暖かかった。
園長先生のきくえさんのホスピタリティーと
子どもたちへの変わらない想いは
本当に感動するし
20年以上前からの仲間が今でもこうして集まることのできる
あったかさに、心がぽかぽかいっぱいになりました.
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海老名で育った私たちは海老名がすき。
なーんもないけど、大切な場所、大切にしていきたい仲間がいるこの場所がとってもすき。
だからみんな海老名から離れない。
そーんなことを想わせてくれる環境があることに、感謝。
ありがとうねーーみんな。
そして、アキコ!
結婚おめでとう!!!
4/25に私は日本にいないので先にお祝いさせてもらいました。
海老名が好きなのに、海老名にいない道を選びがちな私は
よーく、大切なタイミングを逃してしまいます。
アキコのウェディングドレス姿はどう考えたって超きれいなのに
見られないのは残念すぎるけど
あきこの結婚、こころからお祝いしています♪
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ヒッポが亡くなりました

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ヒッポが、死にました。

私の人生の半分を一緒に過ごした、弟みたいな存在だったヒッポ。

家族の一員で
毎年夏に島根のおじいちゃんちに行っていた時も
お父さんが昔建てた丸太小屋に遊びに行くときも
この間は久しぶりに家族そろって温泉に行ったときも
ヒッポはいつだって一緒に車に乗って旅行した。

小学生の頃
ずーーっと犬がほしいって言い続けた私

ついに小学校6年生の運動会の日にヒッポは山下家にやってきた

まだ3ヶ月の子犬だった小さいヒッポは
散歩に出かけるたびにアイドルだった

私がお父さんに叱られて泣いていると、ヒッポは心配そうな顔をして
私を慰めてくれた

やんちゃで食いしん坊でいたずらっ子でおばかなヒッポだったけど
愛嬌たっぷりで
家に帰るといつだってかわいい顔して待っててくれた

私がアメリカに留学したときにヒッポは大病をして
もう治らないと言われてみんなを泣かせたけれど
家族みんなは私には心配かけさせないように黙ってた。

帰国してからヒッポが死にそうな病気をしたことを知ったそのときにはもう
ヒッポは元の元気なヒッポに戻っていて
今でも奇跡的だったとみんなに言われていた

食欲だけが命で
落ちたものはものすごいスピードで狙ってくるし
一粒残らずご飯は毎食間食するし
おやつちょうだいってうるさかった

雪の中も
桜の下も
オレンジ色の山も
海だって
一緒に行った。

ほんとうにかわいくってみんな、ひっぽのことが大好きだった

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12才だった私の人生に現れて
12年半を生きたヒッポ
私は24才になっていた

もう歩けなかったから寿命が来ていたのは知っていたけれど
まだ、家に帰ればいつでもヒッポがいる気がしてた。

ひっぽはおととい、亡くなって
わたしたちはみんな泣いて
私は仕事を早退して家に帰った

死んでいるひっぽは
寝ているようで
本当に死んだのかわからないくらいだった

お花を飾って
ごはんも置いてあげて
お兄ちゃんとお兄ちゃんの友達がたくさん
最後にお花やお菓子をもって会いに来てくれて
立派なお通夜だった

昨日は
ヒッポを火葬した

顔の周りをお花でいっぱいにしてあげた

またね、ひっぽありがとう、また遊ぼうねって最後のお別れをした
今までで一番悲しいお別れだった
だって、ひっぽは家族だったから。
一番身近な大好きな存在だったから。

そしてひっぽは骨になって帰ってきた。
ふわふわしたかわいい耳も
最近は白くなっていたきれいな毛並みも
大きなきれいな目も
もう会えない形になって戻ってきた。

お母さんとお父さんは、
私がいろいろな国に行っていなかったときも
ずっとひっぽと一緒だったからもっともっと泣いていた。

こうしてリビングでパソコンに向かって
振り向いたらひっぽがいる気がしてしまう。

そこで寝てる気がしてしまう。
生きていればいつかは死んじゃう。

今は寂しいし悲しかったけど
ヒッポは私たちにたーくさん笑いをくれて
たくさん愛もくれて
12年半、私の人生にとっても大きなものを残してくれた

ありがとうひっぽ。

そして、いままでヒッポをかわいがってくれたみんなもありがとう。

天国なんてあるって思ったことあんまり無いけど
こんなときはちょっと思ってしまった
いつか、天国で会おうね、ってね。

自己満足だけど
ひっぽのかわいい写真を載せておきます、みんな見てね!
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お母さんのみかんをねらうひっぽ         大学の卒業式のとき
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車でおでかけ                     おじいちゃんにマフラーを巻いてもらった
夏沙のブログ-hippo3
夏沙のブログ-Hippo1