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アメリカ

去年の11月。
8年振りにアメリカ合衆国へ行きました。
とってもおもしろいストーリーがたくさん生まれたので、
ブログに書きたいと思ってはいたものの
いつのまにか冬を越してしまいました。

何度も何度も書こうと思い
少し編集しては辞め、を繰り返していました。

ちょっと時間がったってしまったお話だけれど
せっかくなので載せます。

長いです。

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夏沙のブログ

高校2年生の時にアメリカに留学してから
その後、たくさんの国を訪れてきたけれど
アメリカには行くことがなかった。

行きたいとおもう要素がなかった気がする。
アメリカ以外の国に行くことに優先順位を置いてきた。
いろんな理由があったけど、とにかくアメリカに行こうと思うことがなかった。

けど、
このタイミングで、
アメリカに呼ばれた。

「呼ばれた」という言葉がぴったり合う。

出発の3日くらい前に飛行機のチケットを買って
海外へ行くとは思えないくらい少ない荷物だけを持って
ほとんど誰にも言わずに
さらっと、成田から飛行機に乗ってアメリカに着いた。

国内移動くらいの感覚で行ってしまった私は、
飛行機に10時間くらい乗って、さらに乗り換えまでして、
目的地へバスまで使っていたら
着いたときには疲れ果てて
なんて軽い気持ちでアメリカまで来たんだろう!
なんて不覚にも思ってしまった。

久しぶりの「アメリカ」は
懐かしさを覚えた部分と、すんなり日常のようにとけこんでしまうような感覚と。

訪れた街は、
初めての、何も知らない街だったけれど
外国にいるという気がしない土地だった。

昔から知っているような、なんとなくとても安心感を感じる場所だった。

今回は、

なにも求めず
予定もほぼ決めず
難しいことは考えず
日本で自分が身を置いている社会から離れ
自分が感じることだけを大切にして
したいことも
するべきことも
ない

そんな時間を過ごしたいし、過ごすんだと思ってアメリカまでたどり着いた。

ただ一つ、目的はあった。
したいことは、一つだけ。1日だけでいい。

だから、それ以外、時間はすべて自分のものだった。

決まっているのは帰りの飛行機の時間だけ。

何をしても、何もしなくても、ただ自分と向き合って、
自分の時間は自分の心が思うように任せてしまえばいい。

そんな思いでいたからか、
邪魔なものはひとつもなくって
訪れるものは、すごくストレートに私に歩み寄ってきた。
いろいろなことが、ひとが、景色が、私に訪れてきた。

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着いて、とりあえずは安いホステルに入って
とっても眠かったけれど
ネットのメールチェックだけはしたいと思って、近くの図書館に向かった。
日本人なんていなそうな静かな街だったけれど
そこで、日本人の女の子と出会った。

声をかけてみると、彼女はおばあちゃんと一緒にいて、
おばあちゃんが私に挨拶をしてくれた。

自分の名前を名乗り、「あなたのお名前は?」とまっすぐに手を出してきた。
おばあちゃんの手を握り、私も名前を名乗る。
「泊まるところはあるの?うちにきなさい」と突然言ってくれる。
泊まるところはもう決めていたからそれを告げたが、
なぜか初対面の私を気に入ってくれて
とりあえず家に来なさい、と。

そのおばあちゃんの雰囲気に私は一瞬で惹かれていたから
もちろんおばあちゃんの家に行くことにした。

女の子が運転をしてくれて家に着き、家に入ると驚いた。
今まで見たどの家よりも、モノであふれている。
リビングも、ベッドルームも、キッチンも、トイレも、バスルームも、
どこもかしこもモノだらけ。

ただ、その「モノ」は、
散らかっていていらないモノがあふれているという感じは全くなく
そのモノひとつひとつがその存在を主張しているかのように
そこにある
という雰囲気。

食事をしていなかった私に簡単な食事を出してくれて少し話をした。

飛行機の中でトイレに行くのは面倒だ、という事を話した私に
おばあちゃんは真剣な顔をして
「これからの人生が長いあなたは、よく聞きなさい。
面倒くさいという言葉は、これから絶対に使ってはいけないよ」

初対面の人に、そんなことを言われたのは初めてだったのでびっくりしたけれど
なんだか嬉しかった。

その人の存在に何かとても魅力を感じていたし、
疲れ切った体で、この、モノがあふれている家に、なぜかいる私は不思議だけれど
とても開放的な気持ちを覚えた。

8年ぶりのアメリカ一日目、不思議な出会いと疲れた体で
ホステルに戻り眠ったら
次の日は起きたらお昼の3時だった。

最近、地球の裏側に行く手段としては「船」が多かった私にとって
時差ボケというものの存在になんとなく笑えた。

そして、時間を気にせず寝る!ということすら
旅の中だからこそ!という超・ポジティブで自由な自分の心を笑った。

2日目。

予定なし。
すでに3時。

町を歩いた。
この町は、私が知っている「アメリカ」ではないと気づく。

私が知っているアメリカは保守的なテキサスの田舎町。
車社会で、人々は大型スーパーで大量のものを買い
学校に行くのも買い物も、どこに行くにも車。
カウチでポテトを食べる姿が、そのまま私のアメリカの印象だ。

でもここは、違った。

人々は自転車を乗り回し、
歩いている人に対して「大丈夫?車乗りなよ」とは言ってこない。

コンビニや、スーパーには必ず、
オーガニック食品や、環境に配慮されたものが並ぶ。
バスや歩きでどこでも行ける街の大きさや、
リスが木に登っていく様子を見ながら冬の気配を感じる雰囲気
ロッキー山脈のふもとに位置するその町は
人々も健康的で
なんだか、とってもすんなりと私の心に入ってきた。

ダウンタウンのお店で
ネイティブアメリカンの民芸品が売っているお店に吸い寄せられるように入った。

かかっていた音楽が体を満たしていくような
心地よくて自分の世界がいまここだけであるような、
そんな感覚。

少し大きめのドリームキャッチャーをお土産に買うことにした。
店員のお姉さんは日本が好きで
よく日本の桜を見に旅行に来るんだと言っていた。

お姉さんと話をしていた時に

目の前にあった小さな石でできた動物の形をしたものが積まれていて
なぜか私はその中の一つを手に取り
それを迷わずお姉さんに差し出してお金を払った。

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不思議な体験だった。

なぜ、これを買ったのか自分でもわからなかったけど、
買うべくして買ったような気がした。

流れていたCDの名前を聞き、日本に持ち帰った。
それからの半年、私は家でずっとそのCDを聞き続けている。
ホテルに戻って
今度は眠れなくなった。
3時まで寝ていたことと、夜が強い私。

それから、今回どうしてもしたいことがあったが、
それが次の日だった。

眠れなくて、買った石の動物の箱を開けた。
すると、箱の中に説明書きのような紙が入っていた。
難しい単語を調べながら読んでみて、驚いた。

このクマのおまじないは・・・
自分の中にある意識を、自ら観察する力になります。
クマは、真実を捜すこと、自らの経験を理解すること、そして、身近らの目標を成し遂げること
を象徴します。
自分の中にある答えを明らかにすること。

直感を信じること。
クマは、私たちの兄弟です。動物と人間との間の使者です。

こう、書かれていた。

そのときの、その場所にいた私にぴったりすぎるくらいの言葉たち。

ぴったりすぎるというよりは
自分が直感でアメリカのこの場所までたどり着いた意味というようなものを
感じ取ったというような気がした。

そして明日の自分と、そのあとの未来の自分に向けられた言葉を受け取ったという感覚。

思い返せば、ここまで来るのに物事が次から次へ進んでいった。
迷いもあまりなく、4日くらいですべてが決まって飛行機に乗っていた。
タイミングも、ぴったりだった。

明日、今回のただひとつの目的の日を前に
寝れずにいる自分。

もらったクマの言葉は
明日を少し恐れた自分に、現実味のある感情をプラスした。

明日訪れる自分の感情を受け入れて
受け止めて
自分は前に進め
思うままに
素直に
人生なんて儚くて
こんな人生も素敵で
素直に生きている自分に自信持とう
これから体験する感情に恐れずにいよう
自分が、きっと見えてくる

そう思って頭の中は感情でいっぱいにしながらも
浅い眠りにつき
朝をすぐに迎えた

迎えた朝はまだ暗かった。
窓から伝わるわずかな太陽の光を感じた。
頭はすっきり冴えていた。

朝日を、見よう。

直感だった。

すぐにホテルを出て目の前にある山に急ぎ足で向かった。

太陽はきっと私を待ってはくれないから
美味しそうな匂いを放つオーガニックコーヒー屋さんを横目に
小走りで高いところを目指す。

後ろを振り向くたびに色を変える朝日が完全に空に上がりきったころ
街の全部が見渡せる場所にたどり着いた。

朝日は、完ぺきだった。

文句ない朝日に、感動した。

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その日はとっても疲れた。
歩き回り、頭もフル回転。
一日の目的を成し遂げたときその一日の意味を完結させたのは、
眠れずに読んだ、クマの説明書きだった。

すべてがつながったような感覚を覚え
すべては必然的に私に訪れている時間のような気がした。

次の日も、おもしろい出会いがあった。ネパール人との不思議な時間をすごした一日だった。

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この街で時間を過ごしていくうちに、
自分の体に本来流れえいる時間の感覚を思い出し、取り戻していくような気がした。

逆に
東京で過ごす自分に流れる時間に違和感を感じ、
不自然に生きている自分を思った。

最終日の夜。

また、眠れなかった。
時差ボケは、さらに私の体内時計をボケボケにしていて、
また、浅い眠りのまま朝早くに目が覚めた。

数日前と同じように窓から伝わるほんの少しの太陽の光を感じて
外に出てみた。

すごい朝焼けだった。
こんな朝焼けは、見たことがないと思うほどの豪快さ。
燃える空、紫の雲。オーロラかと思う空のカーテン。

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この旅のまさにエンディングを演出してくれる空に感激し
早朝の、空港行きのバスに乗って
きっとまた違和感を感じるであろう日常の時間へと戻っていったのでした。